平成25年の法話

【法話の中より人生の道しるべを得よう】

平成25年8月13日
法話-1 『お盆とは』

お盆は毎年八月十三日から十六日まで4日間行われます。正日は十五日です。『地獄の釜の蓋が開く日とか、先祖(亡くなった近親者)の霊が帰ってくる日』などといわれ、精霊を供養する期間とされています。
お盆は本来は盂蘭盆(うらぼん)といいます。梵語の《ウランバナ》を漢字に音訳(置き換えた)したもので、盂蘭とは苦悩を救うの意、盆とは器のことです。すなわち百味百果の様々な供え物を盆器に盛り、先祖や死者の霊を家々に迎え入れ、ご馳走して慰める(供養する)仏教行事です。

起源は仏説盂蘭盆経(ぶっせつうらぼんきょう)にあり、釈迦の十大弟子である目蓮尊者(もくれんそんじゃ)が、死んで地獄に落ちた母を、釈迦の教えに従って旧暦の七月十五日自恣(じし=仏僧が互いに自分の犯した罪を告白し、仏の許しを請うこと)しあい解悟(かいご=自分のおこないの悪かったことを認めて反省する)する行(ぎょう)の最後の日に、仏僧達にたくさんの食べ物を施し供養したことによって、救うことが出来たという、言い伝えがもとに成っています。

盂蘭盆(うらぼん)の習慣は、日本人の死後観や祖先崇拝の民間信仰の中心的な行事として古くから行われてきました。
始まりは推古天皇の時代604年、すなわち日本の国が仏教を受け入れた頃からと言われています。

『盆と正月』と古い人はよく言います。楽しみごとの多い現代と違い、昔は正月とお盆は、都市部でも農村部でも単調な生活の中での一年のうちの二大行事でした。正月は氏神を中心に現世的な福寿を祝い、盆には先祖や死者の安寧(あんねい=魂が安らかで、我々の生活が穏やかで安定する事を祀る事)が儀式の基礎となっています。これらは共に祖先と交流し、家族や親類縁者と食を共にする、すなわち普段の仕事から離れ、自分の元々の姿に立ち戻る特別な期間でもありました。盆休みはそのための休日で、この時期各地で行われる開放的な行事の多くはお盆に関係しています。

お盆(盂蘭盆)は、十三日が迎え盆で、お墓を綺麗にし花や線香・灯明を供えて拝み、先祖の精霊を灯明に移し、その火(精霊)を自宅に持ち帰り、仏壇の灯明に移し、お茶やご馳走(精進供)を供え、先祖と共にお盆の日を過ごします。十五日は中盆で、先祖の餓鬼を供養し成仏させる法要を行います。
十六日は送り盆で、夕方にはお墓で迎えた家は同じ要領で、また盆提灯で送ります。線香、仏花、茄子キュウリの乗り物、道中のお弁当やお土産にする盛団子やおはぎを供えます。墓地の後始末をする日でもあります。
この日は、おがら(皮をはいだ麻の茎)を焚いて静かに見送る地方もあります。戸口で迎えた家もまた同じところでおがらを焚いて見送ります。
最近は、十五日を送り日とする家も多くあります。

つかのま帰ってきた死者が、またあの世へ去っていきます。故人への思いが再びつのる、盆送りはお盆のクライマックスです。
京都の大文字焼や長崎の精霊流しも同じですが、見ていて胸を熱くします。
未練があっても、どうしてもこの日に送らなければなりません。地獄の門が閉まると言われます。死者は再び西方十万億土を目指して行(ぎょう)を続けなければならないからです。




平成25年8月15日
法話-2 『施餓鬼供養とは』

 光福寺では、8月15日(中盆)夜の9時より施餓鬼供養を行います。
施餓鬼供養について、少し説明しておきます。

施餓鬼供養は、成仏出来ず六道輪廻の餓鬼道に落ちた霊や万霊に、食物を与えると共に、発菩提心(ほつぼだいしん-仏を信じる心を起こす)と三昧耶戒(さんまやかい)を授け、餓鬼霊を救い成仏させる法要です。

施餓鬼の由来は、阿難阿(あなん)尊者の「救抜焔餓鬼陀羅尼経(くばっえんくがきだらにきよう)」に依るものである。
釈迦仏の十大弟子で多聞第一と称される阿難尊者が、静かな場所で瞑想していると、焔口(えんこう)と言うやせおとろえて喉は細く口から火を吐き、髪は乱れ目は奥で光る醜い餓鬼が現れた。
その餓鬼が阿難尊者に向かって『お前は三日後に死んで、私のように醜い餓鬼に生まれ変わるだろう』と言った。驚いた阿難が、どうしたらその苦難を逃れられるかと餓鬼に問いました。
すると餓鬼は『それには我々餓鬼道にいる苦の衆生やあらゆる困苦の衆生に対して食べ物や飲み物を施し、仏・法・僧の三宝を供養すれば、汝の寿命は延び、我々も又苦難を脱する事が出来、お前の寿命も延びるだろう』と言った。
しかし餓鬼や苦の者に与える様な多額の金銭がない阿難は、釈迦仏に助けを求めました。
すると釈迦仏は『観世音菩薩の秘呪がある。一器に食物を供え、この『加持飲食陀羅尼(かじおんじきだらに)を唱えて加持すれば、その食べ物は無量の食物となり、一切の餓鬼は充分に空腹を満たされ、無量無数の苦難を救い、施主は寿命が延び、その功徳により仏道の真理などを悟り、体得することが出来る』と言われた。
阿難が早速その通りにすると、阿難の生命は延びて救われた。
これが施餓鬼の起源とされる。

施餓鬼供養は、上は十方の諸仏(仏・法・僧の三宝)と、下はあらゆる餓鬼道の苦の象生(しゅじょう)や、あらゆる因苦の者に対して飲食(おんじき)を施し供養すれば、『供養した者は其(そ)の福は百倍と成り、寿命も延び、家門は繁栄する』と、言われます。
そのため古くから、盂蘭盆(うらぼん)に行われいる供養です。

by koufukuji | 2013-07-01 00:00 | 法 話(道しるべ)  

<< 平成26年の近況報告 平成25年の近況報告 >>